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東京地方裁判所 昭和43年(手ワ)4945号 判決 1969年8月29日

原告 三浦喜一郎こと 伊田政治

右訴訟代理人弁護士 村下武司

同 石川幸吉

右石川訴訟復代理人弁護士 杉原尚士

被告 貝谷八百子こと 貝谷スミ子

右訴訟代理人弁護士 原後山治

同 山下良章

同 長谷則彦

主文

被告は原告に対し金一五〇万円およびこれに対する昭和四一年七月一五日から支払ずみまで年六分の割合による金銭を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

事実

(当事者双方の求める裁判)

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同趣旨の判決および仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(原告の主張する請求原因事実)

一、被告は貝谷八百子の名称で訴外林亥之助に対し別紙目録記載の約束手形三通を振出した。

二、原告は、右林亥之助から満期前に右約束手形三通の裏書譲渡を受け、現にその所持人であるが右約束手形三通を支払期日に支払場所に呈示して支払を求めたところ支払を拒絶された。

三、よって、被告は原告に対し右約束手形金一五〇万円および各手形の支払期日である昭和四一年七月一五日から支払ずみまで手形法所定の年六分の割合による利息を支払う義務がある。

(被告の抗弁に対する答弁)

被告主張の抗弁事実は否認する。

(被告の答弁)

一、原告主張の一の事実は認める。

二、同二の事実は知らない。

<以下省略>。

理由

一、原告主張の一の事実は被告の認めて争わないところである。

二、<証拠>によれば、原告は本件約束手形三通を訴外林亥之助から、支払期日前に裏書譲渡を受け、所持人となり、各支払期日に(株式会社埼玉銀行を通じ)各支払場所に呈示して支払を求めたが、支払を拒絶されたことが認められ、他に右認定を覆す証拠はない。

三、そこで被告主張の悪意の抗弁について判断する。

1  <証拠>を総合すると、次のように認められる。すなわち、

(一)  被告は、貝谷八百子の名を用い著名なバレリーナとして貝谷バレー団を率い専ら公演、教授に従事していたため、その経理資金調達は兄の貝谷和昭が担当していたが、昭和三三年ごろから訴外林亥之助も分担するようになり、昭和三九年八月貝谷和昭が死亡した後はこれに代り経理事務全般を担当し、被告および夫貝谷典太も一切を林亥之助に委せるにいたっていた。

(二)  被告は、昭和四〇年ごろ、右バレー団を洋裁、茶道、華道、幼稚園などを併設した総合学園とすることを企画し、当初、日棉実業株式会社から後林を通じ、大正生命保険会社から金五七〇〇万円の融資を得て施設の建設を進めていたが、これらの経理も専ら林において担当していた。

(三)  林は被告の名で昭和四一年二月ごろ東京都北区上十条のネクタイ卸売業の伊藤明から金三〇〇万円を借り受けていたが(うち金一〇〇万円は被告において使用し、金二〇〇万円は林において自己の資金として使用)、その支払のためと称して被告に対し、金額合計金三〇〇万円の約束手形数通の振出しを求めたので、被告はこれに応じ林あてに支払期日を同年四月二〇日ごろとする右手形六通を振出し交付した。しかし、林はこれを以て自己の被告に対する貸金の返済に充当する意図で所持していた。

(四)  昭和四二年二月二三日ごろ、右約束手形四通を、別の用途で被告の諒承をえて作成していた委任状(甲第一号証。林もこれに署名押印し)被告から交付を受けていた被告の印鑑証明書(甲第二号証)および林の印鑑証明書(甲第三号証)とともに持参し、被告の代理人として原告に対し被告の前記総合学園の建設資金の不足分として、二ケ月くらいの約束で金二〇〇万円の融資を申し入れ、なお、自己が連帯保証人となる趣旨の申入れをしたので原告もこれを承諾し、原告は右趣旨で林に金二〇〇万円を手渡し、右手形を林亥之助から裏書譲渡を受けた。

(五)  林は右借入金を富士銀行赤羽支店の自己の預金口座に預け入れていた。

(六)  その後、原告から支払の督促を受けた林は、被告に対し、前記伊藤明の借入金返済のため振出した約束手形の支払猶予を求めるため右手形のいわゆる書替をすると称して被告を信用させ、本件手形三通を含む四通の約束手形(甲第四ないし第七号証の各一、本件手形は甲第五ないし第七号証の各一)を名宛人、支払期日を白地として振出し交付させ、名宛人欄に自己の名を記入して原告に裏書譲渡して交付し、先に原告に裏書譲渡した約束手形の支払猶予をえた。しかし、右四通の手形も支払期日に支払を拒絶されたので、原告は更に林亥之助振出しの約束手形の交付を受け、後にうち金五〇万円を同人から支払を受けた。

このように認められ、右認定に牴触する<証拠>は直ちに信用できない。

2  しかしながら、林亥之助が右のようにして被告から振出し交付を受けた事実を原告が知って、先の被告振出の手形および本件手形の裏書譲渡を受けたことについてはこれを認めるに足る資料はなく、かえって、右認定の事実から考えると、本件手形の振出人被告と名宛人林亥之助との間には直接手形振出の原因となる取引関係、資金関係はなかったけれども、林は原告に対しては被告が借主となり、林が連帯保証人となって、前記金二〇〇万円を借受けるのであるとし、被告振出の本件手形に林が裏書する形式をとって同人から原告に裏書譲渡したのであって、これを信じて譲渡を受けた原告は被告が林に対して手形上の責任を負わない事由を有するのを知りながら、自己が譲り受けることによって、被告において右主張ができなくなり、原告に対し支払を余儀なくされることを意図して本件手形を取得したものとは認め難い。林が原告の経営する飲食店の計理事務の処理を継続して委任されていたことは、証人林亥之助の証言、原告本人尋問の結果によって、認められるけれども、これを以て直ちに前記認定を覆し、悪意の取得者であったと断定することはできない。他に被告の右主張を認めるべき証拠もない。

3  なお、林から裏書譲渡を受けた原告が前記認定の事情を知らなかった以上仮りにこれについて重大な過失があったとしても、振出人である被告は本件各手形金の支払義務を免がれるものではないと解すべきであって、この点の被告の主張も採用できない。

四、それならば、被告は原告に対し本件約束手形金合計金一五〇万円およびこれに対する各支払期日である昭和四一年七月一五日から支払すみまで手形法所定の年六分の割合による利息を支払う義務があるものというべきである。

よって、原告の請求は正当であるからこれを認容する。<以下省略>。

(裁判官 渡辺卓哉)

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